「上司から『当該箇所を修正しておいて』と指示されたけれど、正確にどこを指しているのか自信がない……」
「契約書を読んでいたら『当該』が連発されていて、結局どの条件の話なのか混乱してきた」
実務の最中にこうした不安を感じたことはありませんか?
「当該」という言葉は、ビジネス文書や契約書において「指示対象の曖昧さを排除する」ための極めて重要な精密機械のような役割を持っています。
しかし、その仕組みを正しく理解していないと、指示の読み違えや契約上の重大なミスを招くリスクがあるのです。
本記事では、元公的機関の法制担当として数多くの条文審査を行ってきた私が、法制執務の知見をベースに「当該」の正体を解き明かします。
この記事を読み終える頃には、複雑な一文の中でも「当該」が指す対象を即座に特定でき、類語である「該当」や「本件」との使い分けも完璧にこなせるようになっているはずです。
[著者情報]
瀬戸 誠(せと まこと)
リーガルライティング・コンサルタント。元・公的機関法制担当。
10年間にわたり条例や公文書の審査・起案に従事し、現在は大手企業向けに「誤解を招かないビジネス文書作成」の研修を行う。難しい法制論理を、現場で使える「武器」に変えて伝えることを信条としている。
「当該」とは? 意味と読み方、ビジネスで多用される理由
まず基本を確認しましょう。「当該(とうがい)」とは、辞書的には「その事柄に直接関係すること。また、そのもの」という意味です。
ビジネスの現場、特に責任の所在を明確にする文書において「当該」が多用される最大の理由は、「指示対象をピンポイントで特定し、解釈の余地をなくすため」にあります。
日常会話で使う「その」という言葉は非常に便利ですが、実は指し示す範囲が広く、曖昧さが残ることがあります。
一方で「当該」は、「前に述べた、まさにその条件に一致するもの」という強い限定のニュアンスを持ちます。
たとえば、複数の部署が登場する報告書で単に「その部署」と書くと、直前の部署を指すのか、文脈全体の主役である部署を指すのか迷うことがあります。
ここで「当該部署」と記述することで、「今話題にしている、特定の条件を備えたあの部署」であることを厳密に指定できるのです。
✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: 「当該」を単なる「その」の格好いい言い換えだと思わないでください。
なぜなら、この点は多くの人が見落としがちですが、「当該」は文章の「論理的なバグ」を防ぐためのデバッグツールだからです。日常会話は「その」で十分ですが、契約や指示など、後で「言った・言わない」のトラブルになりかねない場面では、あえて「当該」を使うことで、自分と相手の認識を1ミリのズレもなく一致させることができるのです。
プロが教える「当該」の指示対象を特定する3ステップ
上司の指示や契約書で「当該」が出てきたとき、何を指しているのか絶対に間違えないための「特定ロジック」を伝授します。
これは法制執務の世界で「直近の原則」と呼ばれる考え方を応用したものです。
ステップ1:直前の名詞を遡及(そきゅう)する
「当該」は原則として、その言葉の直前に登場した名詞を指します。
文章を後ろから前に向かって読み進め、最初に見つかった「該当しそうな名詞」が第一候補です。
ステップ2:限定条件をセットで捉える
単に名詞だけを見るのではなく、その名詞にかかっている修飾語(「〜に関する」「〜の」など)も含めてセットで特定します。
「当該」は、その修飾語によって限定された「特定の状態にあるもの」を指しているからです。
ステップ3:文脈で整合性を確認する
特定した対象を「当該」の部分に当てはめてみて、文章全体の意味が論理的に通るかを確認します。
もし矛盾が生じる場合は、さらに一つ前の名詞まで遡って検討する必要があります。

「当該」と「該当」はどう違う? 類語との使い分けマトリクス
佐藤さんが最も頭を悩ませるのが、似た言葉との使い分けでしょう。特に「当該」と「該当」の混同は、実務上のミスに直結します。
「当該」と「該当」の決定的な違いは、その言葉の「性質」にあります。
- 当該(指示語的): 「前に出たそのもの」を指し示す。
- 該当(動詞的): 「条件に当てはまる」という状態を表す。
たとえば、「当該部署」は「(前に述べた)その部署」を指しますが、「該当部署」は「(提示された条件に)当てはまる部署」を指します。
さらに、実務でよく使う「本(本件など)」や「同(同社など)」との違いも整理しておきましょう。
📊 比較表
【「当該」と類語の使い分けマトリクス】
| 言葉 | 主な役割 | 指し示す範囲 | よく使われるシーン |
|---|---|---|---|
| 当該 | 特定の対象を指す | 直前に言及された特定の物事 | 契約書の条文、具体的な指示 |
| 該当 | 条件への適合を示す | 条件に合致する不特定の物事 | 調査結果、資格の有無の判定 |
| 本(本件・本契約) | 文書全体の主題を指す | 今扱っている文書や案件全体 | 契約書の冒頭、メールの件名 |
| 同(同氏・同社) | 直前の固有名詞を指す | 直前に出た特定の人物や会社 | 議事録、ニュース記事、報告書 |
実務で役立つ「当該」の例文と、スマートな言い換え術
最後に、明日からの実務ですぐに使える具体的な活用例を紹介します。
1. 契約書や公用文での定型表現
- 「当該期間内に通知を行うものとする」
- (前に定めた、その期間内に)
- 「当該事務に従事する者」
- (今話題にしている、その事務を担当している人)
2. ビジネスメールでのスマートな言い換え
「当該」は非常に便利な言葉ですが、社内チャットやカジュアルなメールでは少し堅苦しすぎて、相手に威圧感を与えてしまうこともあります。
文化庁の「公用文作成の考え方(2022年)」でも、分かりやすさの観点から、特定性に問題がない場合は「その」「この」といった平易な言葉への言い換えが推奨されています。
- 堅い表現: 「当該資料を添付いたします」
- スマートな表現: 「こちらの資料を添付いたします」「その資料ですが……」
状況に応じて、正確さを優先するなら「当該」、コミュニケーションのスムーズさを優先するなら「その・この」と使い分けられるようになると、まさに「デキるビジネスパーソン」です。
「当該」を「その」と言い換えても意味が通じ、かつ指し示す対象が誤解されるおそれがない場合には、なるべく平易な語を用いることが望ましい。
出典: 公用文作成の考え方(建議) – 文化庁, 2022年1月7日
まとめ:正確な言葉選びで、プロフェッショナルな信頼を築く
「当該」という言葉を正しく理解し、使いこなすことは、単なる語彙力の問題ではありません。
それは、自分の仕事を論理的に整理し、相手に誤解を与えないという「誠実さ」の表れでもあります。
- 「当該」は直前の特定対象を指す精密な指示語である。
- 迷ったら「直前遡及の原則」で指示対象を特定する。
- 「当該(指す)」と「該当(合う)」を明確に使い分ける。
この3点を意識するだけで、あなたの作成する文書の精度は劇的に向上し、上司や取引先からの信頼もより強固なものになるはずです。
今日から自信を持って、「当該」をあなたの実務の武器として活用してください。
[参考文献リスト]
- 法制執務コラム:指示代名詞「当該」の使い方 – 参議院法制局
- 公用文作成の考え方(建議) – 文化庁(2022年1月7日)
- e-Gov法令検索 – デジタル庁
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