「是々非々」を武器にする。忖度なしで信頼を勝ち取るPMのための戦略的活用術

経営会議の席で、役員がふと口にした「今後の提携先については、過去の経緯に囚われず、是々非々で判断していく」という言葉。

あなたはその瞬間、どのような印象を持ちましたか?

「公平に判断するということだな」と理解はできても、いざ自分がプロジェクトマネージャー(PM)としてその言葉を使おうとすると、「少し生意気に聞こえないか?」「冷徹な人間だと思われないか?」と、キーボードを叩く手が止まってしまう。

そんな経験はないでしょうか。

「是々非々」は、正しく使いこなせば、忖度(そんたく)が蔓延する組織においてあなたの知性と公平性を証明する最強の武器になります。

しかし、そのデリバリー(伝え方)を一歩間違えると、周囲との溝を深める劇薬にもなりかねません。

 

本記事では、20年にわたりリーダー層のコミュニケーションを支援してきた私の経験から、語源である『荀子』にまで遡った本質の理解と、角を立てずに信頼を勝ち取るための「戦略的言い換えマトリックス」を伝授します。

この記事を読み終える頃には、あなたは自信を持って「是々非々」の精神を組織に浸透させられるようになっているはずです。


[著者情報]

執筆:市川 賢治 (Ichikawa Kenji)

ビジネスコミュニケーション戦略家。元外資系コンサルティングファーム・パートナー。20年間で500社以上のリーダー層に「意思決定の言語化」を指導。著書『組織を動かす「言葉」の選定力』。現場の板挟みを理解し、知的な武器を授けるメンターとして活動中。

なぜ「是々非々」は難しいのか?辞書には載っていないビジネスのリスク

辞書を開けば、「是々非々」とは「良いことは良い、悪いことは悪いと、公平な立場で判断すること」と書かれています。

しかし、実際のビジネス現場、特にPMという立場において、この言葉をそのまま使うことには大きなリスクが伴います。

私がコンサルタントになりたての頃、あるプロジェクトで大きな失敗をしました。

進捗が遅れている原因を報告する際、上司に向かって「是々非々で判断して、このプロセスは廃止すべきです」と進言したのです。

結果はどうだったか。

上司からは「お前に私の仕事を裁定される筋合いはない」と猛反発を受け、チームの空気は凍りつきました。

なぜ、正しいはずの「是々非々」が反感を買うのでしょうか。

それは、この言葉が持つ「裁定者(ジャッジする人)」というニュアンスにあります。

特に日本企業のような組織構造において、部下から上司へ、あるいはPMから他部署の責任者へ「是々非々」を突きつけることは、「私があなたの正誤を判定します」という傲慢な宣言と受け取られかねません。

「是々非々」と「忖度」は対照的な意思決定スタンスですが、忖度を嫌うあまりに「是々非々」を武器として振り回すと、周囲からは「正論を振りかざす冷徹な人」というレッテルを貼られてしまうのです。

✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス

【結論】: 「是々非々」という言葉は、判断を伝えた「後」ではなく、判断に入る「前」にスタンスとして宣言してください。

なぜなら、結論を出した後にこの言葉を使うと、単なる「否定の正当化」に聞こえてしまうからです。一方で、議論の冒頭で「今回はフラットに、是々非々のスタンスで検討しましょう」と合意形成を図れば、それは組織の公平性を担保する「共通のルール」へと変わります。

語源『荀子』に学ぶ、知的なリーダーが持つべき「是々非々」の精神

「是々非々」を単なる便利な四字熟語としてではなく、あなたの信念として定着させるために、その語源に触れておきましょう。

この言葉のルーツは、中国の思想家・荀子(じゅんし)の『修身篇』にあります。

是を是とし非を非とする、これを知という。是を非とし、非を是とする、これを愚という。

出典: 全訳漢辞海 第四版 – 三省堂

荀子は、「正しいことを正しいと言い、間違っていることを間違っていると言うことこそが、真の知性(知)である」と説きました。

逆に、空気に流されて正誤をねじ曲げることを「愚」と断じています。

現代のビジネス用語で言えば、これは「ロジカルシンキング」や「クリティカルシンキング」の究極形です。

荀子が提唱した「是々非々」の精神は、現代の「心理的安全性」とも深い関係があります。

誰が言ったか(立場)ではなく、何を言ったか(事実)で判断される文化があるチームでは、メンバーは安心して意見を出すことができるからです。

あなたが「是々非々」を意識するとき、それは単に相手を論破するためではなく、「組織の知性を守るための誠実な態度」であるべきなのです。

この哲学を腹に落としておけば、言葉の端々に「傲慢さ」ではなく「信念」が宿るようになります。

【完全版】相手を動かす「是々非々」言い換えマトリックスとクッション言葉

さて、ここからは実践編です。

あなたが角を立てずに「是々非々」の精神を伝えるための具体的なテクニックを紹介します。

ポイントは、相手の立場に合わせて表現を最適化することです。

直接「是々非々」と言うのが憚られる場合は、以下の比較表にあるような「クッション言葉」を組み合わせてみてください。

クッション言葉は「是々非々」という強い言葉の角を丸め、相手への受容性を高める補完関係にあります。

📊 比較表
信頼を勝ち取るための言い換え・クッション言葉一覧】

状況 直接的な表現(リスクあり) 戦略的な言い換え・クッション言葉
上司の意見に異論がある時 「是々非々で判断すべきです」 「前例や経緯は重々承知しておりますが、プロジェクトの成功を最優先に考え、フラットに検討した結果…
会議の方向性を正したい時 「是々非々で議論しましょう」 「一度、立場や感情を脇に置いて、客観的な事実のみに基づいて整理してみませんか?」
厳しいフィードバックをする時 「是々非々で評価しました」 「佐藤さんの今後の成長を願い、あえて忖度なしの率直なフィードバックをさせていただきます」

このように、「是々非々」という言葉そのものを使わなくても、その「精神」を伝える言葉はたくさんあります。

特に上司に対しては、「プロジェクトの利益」や「客観的事実」という言葉を主語にすることで、あなたの個人的な感情ではなく、プロフェッショナルとしての判断であることを強調できます。

Q&A:こんな時どうする?「是々非々」にまつわる現場の悩み

Q1. 目上の人に「是々非々」という言葉自体を使うのは、やはり失礼でしょうか?

A1. 基本的には避けたほうが無難です。前述の通り、この言葉には「私があなたを裁く」というニュアンスが含まれるためです。ただし、役員などが「うちは是々非々でいくぞ」と言った際に、「承知いたしました。私もその方針に従い、忖度なく事実に基づいた報告を徹底いたします」と、相手の言葉を借りて自分のスタンスを表明するのは非常に効果的です。

 

Q2. 「是々非々」を貫くと「冷たい人」と思われませんか?

A2. 結論だけを伝えると冷たく見えます。大切なのは「プロセス」の共有です。「なぜその判断に至ったのか」という根拠(データや事実)を丁寧に説明し、最後に「これがプロジェクトにとって最善だと信じています」という情熱を添えてください。論理(是々非々)と情熱(コミットメント)は両立できます。

まとめ:「是々非々」のスタンスが、チームの心理的安全性を変える

「是々非々」の本質は、自分と相手を「事実」でつなぐ誠実さにあります。

忖度が支配する組織では、誰かの顔色を伺いながら発言しなければならず、PMとしてのエネルギーが削がれてしまいます。

しかし、あなたが「是々非々」の精神を正しく持ち込み、「公平な判断基準」をチームの共通言語にすることができれば、それはチーム全体の心理的安全性を高めることにつながります。

明日からの会議で、いきなり「是々非々」と宣言する必要はありません。

まずは、「一度フラットな視点で整理してみませんか?」という一言から始めてみてください。

その積み重ねが、あなたを「信念あるリーダー」へと変えていくはずです。

[参考文献リスト]

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