外部の弁護士から戻ってきた契約書の修正案を見て、少し身構えてしまった経験はありませんか?
「自分が書いた『本件業務に関する費用』が、わざわざ『本件業務に係る費用』に直されている……。これには何か深い意図があるのだろうか。それとも、単なる言葉の好みの問題だろうか」
法務担当者として、こうした言葉の微差に不安を感じるのは、あなたがプロとして責任を持って仕事に向き合っている証拠です。
結論から言えば、この修正は「契約の責任範囲をより直接的、かつ限定的にするため」の戦略的なアップグレードです。
本記事では、日本の法令作成の技術である「法制執務」の原則に基づき、なぜプロが「係る」という言葉を好んで使うのか、その論理的根拠と実務上の正しい表記ルールを解説します。
この記事を読み終える頃には、あなたは自信を持って「係る」を使いこなし、上司や相手方に対してもその意図を明確に説明できるようになっているはずです。
[著者情報]
執筆者:瀬戸口(せとぐち)
法制実務アドバイザー自治体の条例制定支援や大手企業の契約ガイドライン策定に長年携わる法制執務のスペシャリスト。「言葉の微差が、数千万円の損害賠償の行方を左右する」という現場を数多く経験。現在は企業法務コンサルタントとして、実務に即したリーガルライティングの普及に努めている。
「係る」と「関する」の決定的な違いは「直接性」にある
弁護士が「関する」を「係る」に修正したとき、そこには「射程範囲(効力が及ぶ範囲)」をミリ単位で調整しようとする意図が込められています。
日常用語ではどちらも「〜についての」という意味で使われますが、「係る」と「関する」は、対象との距離感において明確な競合関係にあります。
イメージしてみてください。
「係る」は、修飾する語句と対象がピタッと密着している状態です。
一方で「関する」は、対象をふわっと大きく包み込んでいる状態を指します。
例えば、「本件業務に係る費用」と言った場合、それは本件業務を遂行するために「直接」発生した費用(外注費や専用の材料費など)を指すニュアンスが強くなります。
しかし、これを「本件業務に関する費用」としてしまうと、業務に少しでも関連する間接的な費用(事務所の光熱費の按分や、事務用品代など)まで含まれると解釈される余地が生まれてしまうのです。
この「直接的か、間接的か」というわずかな差が、万が一の紛争時に支払い義務の範囲を決定づける重要な鍵となります。
法制執務の視点:なぜプロは「係る」を好むのか?
なぜ、これほどまでに厳格な使い分けがなされるのでしょうか。
その根拠は、日本の法令の書き方のルールである「法制執務」にあります。
参議院法制局の知見によれば、法令用語としての使い分けは以下のように定義されています。
「係る」は、修飾される語が、修飾する語の内容そのものである場合や、両者の関係が直接的・密接である場合に使用されます。これに対し、「関する」は、両者の関係がより間接的、あるいは包括的である場合に使用されるのが一般的です。
出典: 法制執務コラム:『係る』と『関する』 – 参議院法制局
プロである弁護士が「係る」を好むのは、「解釈の余地を極限まで削ぎ落とし、責任の所在を明確にするため」です。
契約書において「関する」という包括的な言葉を多用することは、一見すると網羅的で安心できるように思えますが、実は「どこまでが含まれるのか」という曖昧さを残すリスクを孕んでいます。
「係る」という言葉を選択することは、法務プロフェッショナルとして「私はこの範囲に限定して責任を定義した」という意思表示に他なりません。

【実務編】漢字かひらがなか?「係る」の正しい表記ルール
「係る」を使うと決めたとき、次なる悩みは「漢字で書くべきか、ひらがなで書くべきか」という点ではないでしょうか。
結論から言えば、現在の公用文ルールおよび契約実務においては「係る」と漢字で表記するのが正解です。
かつては「かかる」とひらがなで表記されることもありましたが、平成22年の常用漢字表改定により、「係」という漢字の訓読みとして「かかる」が正式に採用されました。これを受け、文化庁の指針でも以下のように整理されています。
【公用文・契約書における表記ルール】
| 項目 | 表記 | 根拠・理由 |
|---|---|---|
| 標準的な表記 | 係る (漢字) | 常用漢字表に「係(かか)る」が追加されたため。 |
| かつての慣用 | かかる (ひらがな) | 常用漢字表に訓読みがなかった時代の名残。 |
| 避けるべき表記 | 係わる | 「関わる」との混同を避けるため、動詞としては「係る」を用いる。 |
文化庁の「公用文作成の考え方」においても、動詞として用いる場合は常用漢字表の範囲内で漢字表記することが推奨されています。
したがって、契約書という厳格な文書において「係る」と漢字で書くことは、公的な基準に照らしても極めて妥当な判断と言えます。
もう迷わない!「係る」と「関する」の使い分けチェックリスト
明日からの契約審査で、どちらの言葉を使うべきか迷った際は、以下のステップで自問自答してみてください。
✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: 迷ったら「直接的な対価や対象か?」を基準にしてください。
なぜなら、この点は多くの人が「なんとなく丁寧そうだから」という理由で言葉を選びがちですが、実務上は「支払い義務の範囲」に直結するからです。特に費用負担の条項では、「係る」を使うことで予期せぬ間接費用の請求をブロックできるという知見を、ぜひ武器にしてください。
- その対象は「直接的」なものか?
- YES → 「係る」(例:本件業務に直接付随する費用)
- NO(関連するもの全てを含めたい) → 「関する」
- 責任の範囲を「限定」したいか?
- YES → 「係る」(例:本件契約に係る紛争)
- NO(広く網羅したい) → 「関する」
- 公用文や法令のトーンに合わせるべきか?
- YES → 「係る」(漢字表記)
まとめ:言葉を使い分ける力は、法務の最強の武器になる
弁護士が「関する」を「係る」に直した意図、そしてその背景にある法制執務の論理をご理解いただけたでしょうか。
「係る」という一文字への修正は、あなたの作成した契約書をより精密にし、将来のリスクから会社を守るための「プロの配慮」です。
この微差を理解し、自らコントロールできるようになることは、法務担当者としての専門性を一段上のステージへと引き上げます。
次回の契約審査では、ぜひあなた自身の意図を持って「係る」を選択してみてください。
そして、もし上司や他部署から「なぜこの言葉なのですか?」と問われたら、自信を持って答えてください。
「これは、契約の射程を明確にし、当社のリスクを限定するためです」と。
その一言が、あなたへの信頼を揺るぎないものにするはずです。
[参考文献リスト]
- 法制執務コラム:『係る』と『関する』 – 参議院法制局
- 公用文作成の考え方(令和4年3月内閣承認) – 文化庁
- 常用漢字表(平成22年内閣告示) – 文化庁
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