日曜劇場『VIVANT』第2シーズンが本格始動し、息をもつかせぬ展開が続いています。
特に第14話で描かれた、かつて公安でありテントのモニターでもあった新庄浩太郎の最期には、驚いた方も多いのではないでしょうか。
ネット上でも「新庄は本当に死んでしまったのか」「何か裏があるのでは」と、新庄の生存をめぐる様々な噂や考察が飛び交っています。
私も気になって色々と検索して情報を集めてみたところ、単なる希望的観測にとどまらない、非常に興味深い伏線が見えてきました。
新庄の死亡時刻に隠された聖書のメッセージや、過去のあの作戦との奇妙な共通点について、現在ささやかれている説を整理してご紹介します。
新庄浩太郎の逃亡と第14話の衝撃的な結末
そもそも新庄浩太郎は、公安の野崎守の部下として働きながら、裏ではテロ組織「テント」の最上位モニターとして暗躍していた人物です。
第1シーズンのラストで国外へと逃亡し、第2シーズンでも別班員拉致事件の主犯と目されて乃木憂助から追われていました。
タイで乃木に捕らえられ拷問を受けることになりますが、別班の拉致には関わっていなかったことが判明します。
本国に引き渡されることになった新庄は、その後に現地警察へ向けて発砲し、銃撃を浴びて命を落とすという最期を遂げました。
この一連の流れが本当に彼の人生の幕引きなのか、それとも大掛かりな仕掛けの一部なのか、ファンの間で議論が白熱しています。
死亡時刻が指し示すコリント人への手紙10章13節の謎
ネット上で最も注目を集めているのが、作中で示された新庄の公式な死亡時刻「10時13分」という数字です。
この時間が、新約聖書の『コリント人への手紙一』10章13節を暗示しているのではないかと言われています。
この聖書の一節には、神は耐えられないほどの試練には会わせず、耐えられるように試練とともに「脱出の道」も備えてくださる、という趣旨の言葉が記されています。
新庄はキリスト教カトリックの信仰を持っているという設定が劇中で描かれていました。
それだけに、この死のタイミングが単なる偶然ではなく、彼自身の何らかの意図やメッセージを含んでいると考えるのは、きわめて自然な流れのように思えます。
聖書の一節が暗示する脱出の道と死の偽装トリック
コリント人への手紙に登場する「脱出の道」というフレーズは、新庄が死を偽装してこの窮地から逃げ出したことを意味しているのではないか、という見方が有力です。
つまり、銃撃されて死亡したと見せかけ、実際には一命を取り留めているという可能性です。
緊迫した状況下で、彼自身が「生き延びるための逃げ道」をあらかじめ確保していたという考察ですね。
新庄ほどの有能な諜報員であれば、ただ追い詰められて自暴自棄になるような行動はとらないはず、と考えるファンは少なくありません。
この「脱出の道」という言葉自体が、彼の生存を決定づける隠された伏線として機能しているように感じられます。
別班の過去の手口と新庄の遺体がダミーとされる理由
新庄の生存説、つまり遺体が本物ではないという説を強力に後押ししているのが、第1シーズンで乃木が実行した作戦です。
かつて乃木は、別班の仲間4人を自ら狙撃して裏切ったように見せかけました。
その際、実際には急所を外して撃っており、事前に医師を買収して死亡を偽装していました。
さらに遺体の解剖を行わせずにそのまま日本へ搬送し、結果として全員を生存させていたという前例があります。
今回の新庄のケースでも、その能力を高く評価した乃木が、事前に新庄を別班へスカウトしていたのではないかという見立てがあります。
同じように医師を買収して死亡を偽装し、ダミーの遺体を空路で日本へ送ることで、新庄を救出したというトリックです。
この手法はかつて完璧に成功しているため、今回も同じ奇策が使われていても不思議はありません。
同僚ワキサカへの懇願とカトリックの信仰が意味するもの
本国への送還を前に、新庄が同僚のワキサカに放った「殺してくれ」という言葉も、生存説の文脈で読み解くことができます。
キリスト教カトリックの教えにおいて、自ら命を絶つ自殺は重い大罪とされています。
そのため、カトリック信者である新庄が、自決する代わりに「警察に撃たれて死ぬ」という状況を自ら作り出したのではないか、とも解釈できます。
しかし、これ自体が周囲の目を欺き、自らの「死」を演出するための緻密な演技だったとしたらどうでしょうか。
ワキサカへの懇願も、現地警察への発砲も、すべては誰もが「新庄は死んだ」と信じ込むための完璧なシナリオだったのかもしれません。
プロデューサーの飯田和孝氏も、拷問シーンの撮影で竜星涼さんが並々ならぬ決意を宿し、ブレずに信念を持って行動する新庄を演じていたと語っています。
あの迫真の芝居こそが、周囲を欺くための最後の仕掛けだったと考えると、背筋が凍るような面白さがあります。
生存説を揺るがす両親への別れの言葉
一方で、新庄が本当に命を落としたという否定的な見方があることも無視できません。
新庄は命を落とす直前、自分の両親に向けて「育ててくれてありがとう」という、まさに生の最後を覚悟したかのような感謝の言葉を残しています。
このセリフの情緒的なニュアンスや、彼の決意に満ちた表情を見ると、やはり死の偽装ではなく本当にここで退場してしまったのではないか、という印象も受けます。
もしこれがすべて死を偽装するための作戦だったのだとしたら、両親へのこの別れのメッセージは少し芝居がかりすぎている気もします。
正直、ここは生存を信じたいファンと、ドラマのリアリティを重視するファンの間で好みが分かれるポイントだなと思います。
本当にここで彼の物語が終わってしまったのだとすれば非常に残念ですが、この生々しいセリフが生存説を否定する最大の障壁となっているのも事実です。
謎多き新庄の最期とこれからの展開
ここまで、新庄浩太郎の最期にまつわる「コリント人への手紙」の暗示や遺体偽装の可能性について、様々な情報をもとに整理してきました。
聖書の示す「脱出の道」や過去の別班の生存トリックといった、生存を期待させる見事な伏線が存在する一方で、両親への別れのセリフのように、本当に死亡したと思わせる描写も残されています。
個人的には、あの『VIVANT』のことですから、視聴者をあっと驚かせるような大どんでん返しで新庄が再登場してくれたら嬉しいな、と思っています。
彼が本当に生きているのか、それとも本当に退場してしまったのか、今後のエピソードで真実が明かされるのを楽しみに待ちたいと思います。
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